クジラは潮を吹いていた 佐藤卓

クジラは潮を吹いていた。

クジラは潮を吹いていた。

商品デザインの分野で幅広い活躍を見せるグラフィック・デザイナー、佐藤卓。彼がこれまでに携わった仕事の中から、主にデザインの方向を決定づけたと思われる印象深い部分に焦点を当てて紹介する。
大正製薬「ゼナ」

 ゼナのデザインコンセプトは「分からない」ということである。
 このようなドリンクを飲む時の自分を考えてみるといい。すぐに元気を取り戻したいときなのである。藁をも掴みたいときに人はどういうものに惹かれるのか。「分からないけど効きそうなもの」なのである。

シズルのデザイン

 「おいしそう」とはどこから来るのか。過去においしい物を食べた経験があるとする。するとそのおいしいものを食べたときの状況が記憶に残ることになる。それは、味だけではなく、その時、自分を取り巻く環境すべてが「おいしい情報」となって記憶に刻み込まれるのである。その記憶は、もちろん言語ではなく、そのものなのである。おいしいものが盛られていた「器」という言語が記憶されるのではなく、器自体、つまりマテリアル、形、色、表面、感触、温度、匂い、光、自分との位置関係、そして、それを取り巻く環境などの多くの情報である。実は「おいしそうなもの」を作ることは、多くの人の「おいしかった」記憶を引き出すことなのである。これは多くの人に共通する味覚の記憶を探す行為である。ゆえに自分の好き嫌いを越えて、自分をどれだけ客体化できるかと言うことに他ならない。自分は好きでも相手が好きとは限らない。この行為は、まさにデザインに求められることで、自分を客体化できない自己中心的な人間には大量生産品の飲食のデザインはできない。また、扱うものによってまったく違う「おいしそう」が求められるのである。この美味しそうなデザインとともに、その関係性、環境対応などを考慮して仕上げていくのが食品のマス・プロダクトデザインなのである。

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