辺境・近境 村上春樹

辺境・近境 (新潮文庫)

辺境・近境 (新潮文庫)

考える葦もいいですが、ここはひとつ元気にカンガルー脚になって外に飛び出しましょう。ノモンハンの鉄の墓場からメキシコ、香川の超ディープなうどん屋まで、村上春樹が歩き、思索した8年間の旅の記録。
辺境を旅する

 旅行をするという行為がそもそもの成り立ちとして、大なり小なり旅行する人に意識の変革を迫るものであるなら、旅行を描く作業もやはりその動きを反映したものでなくてはならないと思います。その本質はいつの時代になっても変わりませんよね。それが旅行記というもののもつ本来的な意味だから。「どこそこに行きました。こんなものがありました。こんなことをしました」という面白さ珍奇さを並列的にずらずらと並べただけでは、なかなか人は読んではくれません。<それがどのように日常から離れながらも、しかし同時にどれくらい日常に隣接しているか>ということを(順番が逆でもいいんですが)、複合的にあきらかにしていかなくてはいけないだろうと、僕は思うんです。そしてまた本当の新鮮なカンドウというのはそこから生まれてくるものだろうと。
 いちばん大事なのは、このように辺境の消滅した時代にあっても、自分という人間の中にはいまだに辺境を作り出せる場所があるんだと信じることだと思います。そしてそういう思いを追確認することが、即ち旅ですよね。そういう見極めみたいなものがなかったら、たとえ地の果てまで行っても辺境はたぶん見つからないでしょう。そういう時代だから。

 村上春樹ですら言っている。旅について自分が本当にそこで感じたことを、その感情的な水位の違いみたいなものを、ありありと相手に伝えるというのは至難の技だ。だけどこの本を読んでいたら旅に出た理由や、旅でしか感じられない感情をうまく伝えられるような気になる。―もちろん実際にはうまく伝えられないのだけれど―少なくとも村上春樹はそういう気にさせる種類の文章を書くことに秀でている。
 次の旅にもこの本を持って行きたいです。
★★★★★