スローグッドバイ 石田衣良

スローグッドバイ

スローグッドバイ

東京都心を舞台に二十代の男女を中心に描く恋模様。ネットで知り合った恋人、セックスレスカップル、コールガールとの交際など、若い男女の様々な関係を切れ味よく、きめ細やかに描く。現代性溢れる洒落た短編集。

石田衣良は「今」を生きる男女の恋愛のワンシーンを鮮やかに切り取っている。
そして、彼の描く人々はただただやさしい。

「浮気は全部で7回よ。でも、人が好きで付き合っていた相手を、そんなふうにいうことないじゃない。セイジには、スギモトくんにはわからない、いいところもあったよ」
「知ってる。でも、悪いのはハナだよ。ハナがなかないから、いけないんだ。今でも、セイジのことが好きなくせに、それを認めない。ひどく傷ついているのに、無理して隠そうとする。涙を流さなくちゃ、始まらないことだってあるんだよ」

『泣かない』より

「今日はかえる。ぼくはリカコとこんな普通のデートがしたかった。今夜セックスしたら、すごく素敵な普通のことが、どこにでもある特別な夜になっちゃう気がする」

『真珠のコップ』より

薄暗い踊り場の隅で、おおきな身体を丸めるユタがレイコは急にかわいくなった。なんとなく相手に恥ずかしくて、切り出せないでいる。そんなことなら、レイコ自身だって数え切れないほどあった。人間は自分の欲望は見えるのに、なぜ他人の欲望は見えないのだろう。それも毎日いっしょに暮らしている、これ以上はないほど親密な相手でさえ。

『ハートレス』より

「このイセエビの黒豆炒めも追加しようか」
それはいつかボーナスでもでたら注文しようとふたりで話していた料理だった。ワカコは笑って首を横に振る。
「いいよ。それは食べないで取っておくことにしよう。いつか新しい彼女ができたらご馳走してあげて」
フミヒロは自分でも驚くほどやさしい声をだした。
「わかった。それならイセエビは永久欠番にする。もう誰とも頼まないことにするよ。」

『スローグッドバイ』より

ポケットに忘れられていたキャンディーのような、ちょっぴり幸せを感じさせてくれる物語たちでした。
★★★