アフターダーク 村上春樹

アフターダーク

アフターダーク

真夜中から空が白むまでのあいだ、どこかでひっそりと深淵が口を開ける。
風の歌を聴け」から25年、さらに新しい小説世界に向かう村上春樹
 本当に楽しみに待っていた最新作(3ヶ月遅れだけど)。帯の、“さらに新しい小説世界に向う村上春樹”というコピーは確かに偽りのないものだったと思う。春樹小説の代名詞のひとつである「僕」がでてこないのが何よりも大きな変化だった。かわりに登場するのは「私たち」という名のカメラ。冒頭の都市を俯瞰するシーン、エリの部屋とテレビの向こう側の世界をつなげるシーン、鏡の中に映り続ける白川のシーンなどいたるところで映画的な描写が見られた。さらに舞台が今までになかった現在ということも相まって、従来の春樹小説よりも非常に明確なビジュアルを僕に想起させた。
 舞台は非常にリアルになったものの、登場人物たちはいつもの春樹節全開の会話でニヤリとさせられる。そこに新しい小説世界にむかう試みの違和感を少し感じた。テキストは確かに村上春樹そのものなのだが、それと現在の都会という舞台がマッチしていないのだ。例えるならドラクエの主人公がリアルCGなFFの世界で、ひのきのぼうをそうびしますか?→はい。ってやってる感じなのだ。あれ〜中身はドラクエなのに見た目が違うな?という。
 しかし見た目が進化しても結局ドラクエⅧはドラクエだったし、村上春樹村上春樹であって、本質は同じものだった。ただアフターダークはメタファーというものを常に意識しながら読んだものの、あれはなんだったのだろうかという謎があまりにも多く残っている。(いつもと同じと言えば同じなのだが。)そしてあまりにもヤマがなさ過ぎたり、世界の終りやカフカのような、ふたつの世界がひとつに収斂していく構成にもなっていなかったりで、ラストでカタルシスを得られなかったのが正直なところだ。あのラストまでが第1部で、そこからはじまるアフター・アフターダークがあってもいいと思うくらいの不完全燃焼。
 でも春樹ワールドは楽しめたし、エリが一晩の間に何事もなかったようにむこうの世界から戻ってきたのも斬新だし、中編と考えればあの長さが丁度良かったのかもしれない。村上春樹には今回の新しい試みを採り入れた次の本格的な大長編に期待しよう。
★★★
 それにしても村上春樹ほど「読後にみんなはどう思ったの?語りあいたい!あれは何のメタファーなのか?」と思わせる作家はいないのは確かだ。そういった意味ではこの小説そのものが、人と社会とコミットしていくという村上春樹のテーゼを体現しているのだとひしひし感じる。