たけしの死ぬための生き方 ビートたけし

たけしの死ぬための生き方 (新潮文庫)

たけしの死ぬための生き方 (新潮文庫)

「たけし、バイク事故で重体!」―。九死に一生を得て奇蹟の生還を果たした著者が、死の淵を彷徨いながら探り当てた思索の極みがここにある。事故から療養までの顛末を赤裸に語りつつ、自らの人生観を再検証していく。「人は何で生きるか」と厳しく自問する「哲学問答」の果て、たけしが到達した死生観とは?事故を契機に自己を見つめ直した衝撃の手記。

 もっと人生は楽しむもんだといわれたって、おいらにとっての人生の楽しみ方は、事故の前にやってたようなことなんだ。バンバンいくのが楽しいって事もあるじゃないか。休みをいっぱい取って、ゴルフして、それが楽しいという人とは、生きる目的が始めから違う人生なんだ。
 結局、人には持って生まれたその人なりの生き方というものがあって、他人が変えられるものじゃないんだね。どれがいいというんじゃない。おいらにはおいらの生き方があって、壁にガーンとぶつかったところで、方向を変えるわけには行かないんだよ。
 事故を起こして、少し止まったり、しばらくはスピードを落とすということはあっても、普通に戻れば、また元の早さで走り出す。それが生きるということであって、違う方向へ違う早さで走らされたら、それはもうその人の人生じゃない。違う別の誰かの人生なんだよ。自分の人生を生きるから楽しいんであって、他人の人生を生きてどうする。おいらの「生き方」は、仕事しかない。そう確信したね。

たけしを含めて団塊世代の多くは仕事を生きがいとしてきた。お金があって、休みがあって、やることは……?趣味的なものに生きる生き方もあるだろう。しかし死を前にした時に、自分の人生を振り返った時に、何かを残せているのか?そこで十分死ねると言えるだろうか。死ぬまでにそういう仕事を成し得たと感じ、死を迎えたい。
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