死者の奢り・飼育 大江健三郎

死者の奢り・飼育 (新潮文庫)

死者の奢り・飼育 (新潮文庫)

屍体処理室の水槽に浮沈する死骸群に託した屈折ある抒情『死者の奢り』、黒人兵と寒村の子供たちとの無残な悲劇『飼育』。“閉ざされた壁の中に生きている状態”を論理的な骨格と動的なうねりを持つ文体で描いた、芥川賞受賞当時の輝ける作品集。
『死者の奢り』

死者たちは一様に褐色をしてい、硬く内側へ引き締まる感じを持っていた。皮膚はあらゆる艶をなくしてい、吸収性の濃密さがそれを厚ぼったくしていた。
 これらの死者たちは、死後ただちに仮想された死者とは違っている、と僕は考えた。水槽に浮かんでいる死者たちは、完全な《物》の緊密さ、独立した感じを持っていた。死んですぐに火葬される死体は、これほど完璧に《物》ではないだろう、と僕は思った。あれらは物と意識との曖昧な中間状態をゆっくり推移しているのだ。
 そうとも、俺たちは《物》だ。しかも、かなり精巧にできた完全な《物》だ。死んですぐ火葬された男は《物》の量感、ずっしりした確かな感覚を知らないね。
 そういうことだ、と僕は思った。死は《物》なのだ。ところが僕は死を意識の面でしか捉えはしなかった。意識が終わった後で《物》としての死が始まる。うまく始められた死は、大学の建物の地下でアルコール漬けになったまま何年も耐え抜き、解剖を待っている。

『飼育』

 僕らは躰を下肢に支えることができなくなるまで笑い、そのあげく疲れきって倒れた僕らの柔らかい頭に悲しみがしのびこむほどだった。僕らは黒人兵をたぐいまれなすばらしい家畜、天才的な動物だと考えるのだった。僕らがいかに黒人兵を愛していた、あの遠く輝かしい夏の午後の水に濡れて思い皮膚の上にきらめく陽、敷石の濃い影、子供たちや黒人兵の臭い、喜びに嗄れた声、それらすべての充満と律動を、僕はどう伝えればいい?

この部分はすごく爽やかな青春小説みたいだな!好き。
★★★★