羊をめぐる冒険 村上春樹

羊をめぐる冒険

羊をめぐる冒険

 あなたのことは今でも好きよ、という言葉を残して妻が出て行った。その後広告コピーの仕事を通して、耳専門のモデルをしている21歳の女性が新しいガール・フレンドとなった。北海道に渡ったらしい〈鼠〉の手紙から、ある日羊をめぐる冒険が始まる。
 羊3部作の根底に流れ続ける集団的無意識といったユング的解釈は正確にできないけれど、(村上春樹自身も無意識にその性質を物語に付与しているとの話もあるが)そういった深い解釈を抜きにしても、この物語は完全におもしろい。物語は核心に近づくにつれて現実離れしていく、けれどギリギリで現実に繋ぎ止められている。(羊男にはチャックもあるしね。)春樹的にいえば「こっちの世界」と「あっちの世界」との境界が北海道ではもやもやしている感じが心地よい。張り巡らされていた伏線が一気に収束していくのが心地よい。別荘で様々な料理を作って過ごすのが、孤独だけどどこか心地よい。黒服の男を爆破するのが心地よい。
 だけどすべてが悲しい。
 平和で穏やかなものの象徴とも言えそうな羊が、読後には相当邪悪なものに感じてしまうようになったのもまたおもしろい。他のどの動物でもダメだ。羊をチョイスした村上春樹の感性はやはり偉大だ。
★★★★★