村上春樹イエローページ 加藤典洋
- 作者: 加藤典洋
- 出版社/メーカー: 荒地出版社
- 発売日: 1996/09
- メディア: 単行本
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村上春樹の物語の精緻さ、そして井戸のような深さをもっと楽しむための本。
加藤氏は「1973年のピンボール」から受けた感動を次のように書いている。
ここには何もない。なぜ何もないことがわたし達を動かすのだろう。あるはずの喪失感がないこと、そのため、その清新な不在の存在感が生まれていることが、この失敗作すれすれの危なっかしい小説を、忘れがたい作品にしている。
自分の感じた感動を人に真に伝えるのは難しい。それは自分のボキャブラリーの限界、経験世界の限界からくる表現の限界を見るからだ。日常生活で感動を伝えようとするとき、ボキャブラリーの限界はそれほど問題になることはないと思う。それは相手と共通の理解を得られるレベルの言葉があれば会話にはこと足りるからであり、逆にそれ以上のレベルの言葉は理解を複雑にするだけで必要ない。
問題は経験世界の限界にある。自分の世界にあって相手の世界にない感覚を伝える時、相手の世界を覗き見る力が必要になってくる。そしてその世界を見て、自分の感じた感覚<素材>を相手が美味しいと思えるように調理してだす料理力が要求される。相手の住んでいる世界が見えなければ中国人に精進料理を出すというようなことになるし、料理力がなければそもそも相手に喜んでもらえない。
最も困難なのは自分の経験世界にすらない感覚を物語から突きつけられたときだ。自分の外世界のものを自分の世界の言葉に置き変えようとするとき、そこには欠落や曖昧といったものがつきまとう。これらを払拭するには、外世界と真摯に向きあう態度を持つこと。そして外世界の感覚を自分の世界に取りこもうとする積極的な言語活動をおこなうこと。そうしなければその感覚はいつまでも外世界に置かれたままだ。
★★★