人生における成功者の定義と条件 村上龍

人生における成功者の定義と条件

人生における成功者の定義と条件

格差が顕在化し、価値観が多様化する日本において、成功者とはいったい誰なのか? 世界で活躍する安藤忠雄利根川進カルロス・ゴーン猪口邦子中田英寿の5人と語り尽くす。
利根川進(MIT教授 学習と記憶研究センター所長)

 研究の世界というのは、答えが判っている質問には意味がない。どういう質問をするかというのが重要なんですよ。どういう風に問題を質問化すれば、答えが出てくる可能性があるか、どういう問題に目をつけるかということが、最先端の研究では求められる。そうすると、その能力というのは学業成績とあまり関係ないということにきがついたんです。(京大出身ですやん!)
 もっと違う能力がいろいろ必要なんです。たとえばめげない能力。研究なんかをやっていると、失敗やうまくいかないことのほうが、うまくいくことより多いわけです。非常に楽観的である必要があるんです。
 それからフレキシビリティ、柔軟性。

猪口邦子上智大学法学部教授 前・軍縮会議日本政府代表部特命全権大使

 就職を目指すというのも重要なことだとは思うけど、その前に大切なのは、自分の能力を高めることなんです。しかもかなり必死になって、限界まで達するような努力をしなければならないと思っています。
 そういうときに私自身の経験で何が大切だったかというと、コミュニティに支えられているという感じだったんです。一人では戦えないのだから、やはりみんなに支えられているという感じが大切になってくる。そのあたりのところが今の子どもたちは、あるいは大人たちも含めて、ちょっと希薄になっているのかもしれない。
 そういうものをもっと大事にしたら、みんな自身を持って個人として輝くことができるようになります。その人の力だけで輝いていると錯覚しないほうがいい。激しい競争の世界に闘いに出ると、辛い思いもたくさんするのだから、そういったコミュニティの力はかつてないほど必要になっていると思います。
村上:昔の温かいコミュニティというのは、もう復元できないと思うんですよ。
 昔のような形ではないけど、人間のネットワークとしてのコミュニティはできないはずはない。
村上:それは意識してつくらないと駄目なんです。かつて世間と言われたものにどんな昨日があったかと考えると、結構凄いんですよ。もちろんそこには嫌な面もたくさなったわけですが、その役割りを誰が果たすのかというのは本当に重要な問題で、意識してやっていかなければ作れないと思うんです。
 努力は必要です。まずお互いに信用しないとだめですね。しかもどちらかというと、自分から先に与えなければいけない。相手から信頼される前に、相手を信じるというところで仕事をする。そうすると裏切られることはめったにありません。人間の社会はそう棄てたものではありません。ともすれば見落とされがちな部分ですね。能力を高めるということはみんなが言います。もっと英語が上手になった方がいい、もっと学力を高めた方がいいというのは時代の要求でしょう。でも実際の人間は生身で生きているのだから、信頼関係があって、精神的にもしっかり支えられているということが絶対に必要です。

 村上龍は人生の成功者とは「生活費と充実感を保証する仕事を持ち、かつ信頼できる小さな共同体を持っている人」と仮定した。村上龍の主張は個を重視し過ぎているように感じる。彼は常にその著作で共同体の在り方を模索してきたわけだが、私はその形にどこか息苦しさを感じてしまう。それは今までの時代にはなかった形であるし、それが形成されていく過渡期に漂う不安のせいかもしれない。時代は個が尊重される方向にシフトしているが、コミュニティには温かさがあり続けるべきだし、冷たいものになっていくと悲観しすぎることもないと思う。猪口氏の「自分から先に与えなければならない」という言葉はコミュニティがいきづまった時に皆の溜飲を下げてくれる言葉だと思う。皆がこのことに気づけばコミュニティはきっとうまく機能する。
 日中・日韓の問題を考える上でもこのことは重要だろう。ヒューマニスティックでロマンチックでもいいじゃないか。相手を信じるというところで仕事をしなければ問題はいつまでも平行線なのだ。
★★★★